
KATATANが生まれた理由
AIはかぼちゃの馬車を一晩で作れる。でも、品質保証はしてくれない。AIによる開発が本格化する今、KATATANが解決しようとしている課題を語ります。
AIはかぼちゃの馬車を一晩で作れる
シンデレラの物語に登場する魔法使いは、かぼちゃを一瞬で馬車に変えてみせます。AIエージェントによる開発は、まさにこの魔法に似ています。昨日までなかった機能が、今日にはコードとして形になっている。その速度は、人間だけでは到底たどり着けなかった領域にまで私たちを運んでくれます。
しかし、かぼちゃが馬車に変わったとして——それは本当に安全に走れますか?
馬車の車輪は正しく取り付けられているか。重さに耐えられる構造になっているか。魔法はその問いに答えてくれません。AIもまた同様です。開発の速度を上げることはできても、品質の保証は別の問題なのです。
AIにテストを書かせても、「何を試験したか」がわからない
AIエージェントにテストを書かせ、そのまま実行させることはできます。実際にそれは動く。しかし、終わった後に残るのは何でしょうか。
膨大なログファイルです。
そのログを見て、「このリリースで何を確認したのか」を人間の言葉で説明できるでしょうか。マネージャーに「今回のテストは問題ありませんでした」と報告するために、何百行ものスタックトレースを読み解く必要があるとしたら——それは本当に「テストが管理できている」状態と言えるのでしょうか。
AIが生成するテストは認識負荷が高い。どのテストが何の仕様を検証しているのか、境界条件はカバーされているのか、追加された機能に対してテストは更新されているのか。その全体像を人間が把握し続けることは、開発の速度が上がるほど困難になっていきます。
「人間がテストケースを管理する」は限界を迎えつつある
従来のQAプロセスでは、テストケースはエンジニアやQAチームが手動で記述し、レビューし、更新し続けるものでした。それは合理的な前提のもとで成立していました——開発の変化が、人間の認知が追いつける速度で起きている、という前提です。
AIが開発を担うようになった今、その前提は崩れています。
AIエージェントは並列で動き、非同期でコードを変更し、テストを生成します。その変化のスピードに人間が一つひとつのテストケースをメンテナンスし続けることは、構造的に難しくなっています。かといって、テストケースの管理を諦めてAIに丸投げすれば、「何が保証されているのか」が誰にもわからないブラックボックスが生まれてしまいます。
KATATANが提供するもの
KATATANは、この問いから生まれました。
AIによる開発のスピードを落とさずに、QAの視認性を確保できないか。ログを読み解かなくても、「このリリースで何を確認したか」が人間に伝わる形で残せないか。マネージャーへの報告のために、誰かがログファイルを収集・解析する時間をなくせないか。
KATATANはテストの実行結果を、テスト仕様と紐づけた形で記録します。AIエージェントがAPIを通じてテスト結果を書き込み、人間はその概要を構造化された形で確認できます。認識負荷の高いログではなく、「何を、どう確認したか」という事実が残ります。
AIが作った馬車が安全に走れるかどうか。それを確かめる仕組みを、KATATANは提供します。